世間一般的に“常識”と言われていることは、はたして本当に正しいのか?常識に疑問を持つことはとても勇気のいることだ。だが反面、強烈な魅力に彩られた発見が得られる唯一の問題提起視点でもある。
季節を問わず、やみくもに岩壁ばかりを追いかけていた若かりし頃、「登山には3レイヤーのウエアリング(吸汗着+保温着+防水着)」という従来の常識に何の疑問も、ましてや不安や不足さえも抱いていなかったと思います。
体力も気力も有り余っていたせいでしょう。
そして、40代になり、岩登りだけでなく、多くのアクティビティスタイルを取り入れて山を遊ぶようになりました。そのようになってから、メンタル面だけの維持よりも、運動時の快適さを追求するようになって初めて、これまでの3レイヤリングに疑問を持つようになり、不足を補うための解決方法を探求し始めました。
理由は明確です。なによりも安全に、楽しく、遊びたいから。
ファイントラック起業前の2004年。“4レイヤリング(撥水肌着+吸汗速乾着+吸汗拡散保温着+ハードシェル)”という独自の発想に至ります。しかし、厳冬期のテスト山行で、ハードシェルの裏面にびっしりと発生した結露を見て驚愕しました。
汗処理の速さばかりを求めた結果、ハードシェルの透湿力が追い付かなかったのです。この結露による透湿力の低下を改善するために、寒冷地の住宅で用いられる2重窓の原理を応用した、2枚バリアの“ダブルシェル®”を考案しました。
この考えを実現するために、2005年にブリーズラップ™というポリウレタンメンブレンを用いた、ストレッチ3層生地のミッドシェル®を製作し、さらに汗処理に特化させた行動用保温着の開発に着手します。これをきっかけに業界初の“5レイヤリング®システム”を発表しました。しかし当時のファイントラックに、ハードシェルを開発する力はまだなく、他社製品を勧めていました。
“5レイヤリング®”という言葉を始めて耳にする人は、「いつも5枚を着用するのか?」という疑問を持つかもしれません。しかしこれは、レイヤリングという概念を間違った方向で捉えています。いつも5枚を着用するのではなく、それぞれ特化した機能を持つ5層の役割を理解し、季節や天候、アクティビティのシーンに合わせてセレクトし、重ね着すればいいのです。
レイヤリングとはそもそも、「暑ければ脱ぎ、寒ければ着る」という単純な重ね着方法のことです。しかし山岳シーンでは、持ち運べる衣類の量が限られますので、効果的な機能性を持つ専門性の高いウエアを厳選せざる得ません。従来の3レイヤリングの考えも、寒くなるとフリースやセーターを重ね、暑くなると脱ぐというシステムですが、実際に3枚だけを持って厳冬期の山に入っていた人は少なかったはずです。なぜかというと、昔はベースレイヤーの上に“山シャツ”を着ていました。標高が上がってさらに寒くなると、保温力を高めるために、フリースやセーターを上に重ね、風と雪を防ぐために、ハードシェルをさらに重ねていたからです。この時点で3レイヤリングは、4レイヤリングへと変わっています。ここで私が疑問を持った問題の壁にぶつかります。
フリースやセーターは、あくまでも保温着であって、衣服内の汗を処理し、蒸れを解消する“行動着”にはならなかったのです。実際に、ハードシェルの中でフリースがびっしょりと濡れてしまった経験を持つ人も少なくないはずです。疑問と壁は、“行動時の蒸れを解消できない=不完全なレイヤリングシステム”ということです。
5レイヤリング®には、「常に行動し続けられるレイヤリングシステム」という明確な目的があります。汗を肌から引き離し、効率よくハードシェルの外へ蒸気として排出させるのです。そのために5レイヤリング®を3つの代表的な機能に分けています。
汗を肌から引き離す(L1) > 吸汗速乾(L2) > 拡散蒸散(L3)という、汗処理に特化した連続性を持たせています。
肌に近いレイヤーからダイレクトな換気で一気に蒸れを排出するために、異なるウエアの統一した箇所にワンハンドで操作できるベンチレーションを設けました。
2重窓効果を衣服内に応用し、外気と内気の寒暖差を和らげることで、結露の発生を大幅に軽減します。
「濡れ」を肌から遠ざけて急激な体温消失を防ぎ、快適なウエア内コンディションを維持することは、1枚のウエアでは実現できません。レイヤリングの最大のメリットは、それぞれに特化した機能を持つウエアを重ね着することで、単体の機能に相乗効果が生まれ、変化し続けるフィールド状況に幅広く対応できる効果が発揮されることです。
従来の3レイヤリングを進化させた、ファイントラックのレイヤリングシステム「5レイヤリング」から、安全な行動のための本質を見出せるはずです。
快適さを得るためには、まず先に安全であることが不可欠です。そして快適であるということは、楽しさをもたらすのです。アウトドアでの遊びは、これ(楽しさ)に尽きると信じています。