夏の一般ルートとして最難とも言われる西穂高岳から奥穂高岳への縦走路。
随所の険しさもさることながら、アップダウンを繰り返しながら続く約4キロの長い尾根は、体力的にもキツい。そして稜線から安全に降りられるエスケープルートが存在しないことも、ルート全体の難易度を上げている要因だと思う。
そんなところへ単独で行くことになったのだが、悪天候に捕まれば平気で一週間単位の停滞を余儀無くされる。万全の備えの為に重量が増え行動が制限されては、還って危険を招く事になる。しかしマイナス20度を下回る岩稜で、身を守る備えは万全のものでなければならない。
そのジレンマの中、食料、燃料、登攀具、防寒着と装備の調整に出発の瞬間まで悩まされた。
■12/30
公共交通機関を使ったアプローチ。
運賃は惜しまず最速の便を選んできたというのに、正午になろうという頃にやっとバスは平湯を通過した。新穂高ロープウェイのホームページ上では運行見合わせの案内が出ている。
午後からの天候回復が想定よりも早くなっていただけに、運行再会の知らせが耳に入る15時前まで焦れったい時間を過ごす事になった。
3時半頃、観光客で賑わう新穂高ロープウェイの終点、西穂高口に辿り着いた。
視界良好。すっかり風は止んでいるが、辺りのトレースは地吹雪でリセットされている。
程なくして西穂山荘に到着するも、陽が沈むまではまだありそうだ。少しだけでも先へと歩みを進める事にした。
丸山を通過し独標が迫る2650mあたりで幕営。翌日分の水造りと、簡単な夕食をすませて、翌日以降の計画を練る。
明日の好天の後は、2ー3日荒れ、また高気圧が入り込んで晴れそうだ。このまま進めばどう足掻いても稜線での停滞を余儀無くされる事になる。安全に下山するためには、好天の約束された明日どこまで進めるかがキモになりそうだ。
今回 食料やガスは余裕を持っているが、積雪状況によって予定通り進めない可能性も高い。
「間ノ岳山頂への到着が10時を過ぎるようであれば引き返す」という条件付きで突っ込むことを決めて、ヘッドライトの灯りを消した。
~トイレに出た際1枚だけ撮影した。翌日の好天が期待出来そうだ。~
■12/31
予報通りの快晴。停滞を前提にした事で気が緩んでしまったのか、準備にもたもたして出発が6時を回ってしまった。
西穂山頂までは特に難しいところもなく快調に飛ばす。
ここから先はトレースなどなく、先行パーティがいないようだ。きっと私の後を追ってくるパーティもいないだろう。ここから先は独りだ。
山頂からすぐ、最初の降りは15mほどの懸垂下降。
想定よりも早くロープの出番がやって来た事に若干動揺しながら、慎重に降ってゆく。
稜線は雪が薄く苦労させられる。
早いペースとはいえないが、順調に間ノ岳、天狗の頭と歩みを進める。
~天狗の頭から間ノ岳と西穂高岳を振り返る。~
時刻は2時近く、今日中にコブ尾根の頭にたどり着くのは諦めて、懸垂を交えながら天狗のコルまで降りテントを設営した。
エアマットを膨らませて落ち着こうかという頃、風が強くなりテントを大きく揺らす。
吹き飛ばされるリスクがあると感じ、辺りが暗くなる中 雪洞を掘ることにした。
~1時間ほどで最低限の睡眠スペースを確保できた。~
風の影響を受けない快適なシェルター内で、2018年最後のこの日は蕎麦を食べた。
■1/1
午前の擬似晴天予報。この日はコブ尾根を登る。
前日天狗の頭から見た限り雪のつきが悪く最適なルートの判断が付かず、完全に明るくなってからのスタート。歩きはじめてすぐに雪が降りはじめた。
基本的に夏道と同じラインを進もうとするが、何箇所か吹き溜まりの斜面をステップにする必要があった。東斜面の雪は気持ちの悪い崩れ方をする。雪崩に警戒する必要がありそうだ。
風雪が強まる中ジャンダルムを越えることはできないので、コブ尾根の頭の30m下、ジャンダルムまで水平に100mほどの地点で終了。
~出発時に見た初日の出。雲はないが風が強い朝だった。~
■1/2
昨日の昼ごろから雪が降り続いたが、昼過ぎに晴れ間が見え始めた。1時ごろにテントを畳んで行動開始。
更に発達した雪庇やノール地形に注意しながら、コブの根の頭へ。いよいよジャンダルム、ロバの耳だ。
ジャンダルムへは飛騨側を登るが、雪の付きが悪く緊張させられた。山頂ではすっかり雪に埋れた天使が迎えてくれた。
~ジャンダルムから見たロバの耳と奥穂高岳。~
懸垂1ピッチの後、雪壁を慎重に降るとコルに出た。
ロバの耳は飛騨側をトラバース気味に登り、ピナクルを使って懸垂。一部空中懸垂となり緊張するセクションだった。
ロバの耳の中段からは慎重にクライムダウンを試みるも、どうしても下れない箇所が現れて登り返す。
時間も押していたのでテントを張るが、傾いた狭いスペースで横になれない。
■1/3
この日も午後遅くまで吹雪。夕方1時間ほど行動。
昨日下れなかった箇所を懸垂2ピッチで下降。風が強く体が冷えたので、すぐに快適に横になれそうなスペースを探してテントを張る。
行動着の5レイヤリングの上からポリゴンバリアフーディを着用して、ポリゴンネストオレンジに体をねじ込み暖を取る。
外が地獄なら、テントの中はまるで天国だ。
■1/4
久々の快晴。一気に奥穂通過と新穂高への下山を目指す。
~この日最初の登り。キツい場所でも精々70度程度だが、気持ちは垂直に感じる。~
実は警戒していた馬の背は、しっかりと雪が付いていてあっさりと通過。
息も切れ切れに無事穂高の山頂に立った。
山荘方向へ目を向けると、数名の登山者があがってくるのが見えた。久々に人を見て安堵する。
その後、避難小屋で少し長い休憩をとった後、なんとか明るいうちに蒲田富士を越えて樹林帯へ入ることができた。
ジャンクションピークから下では、分かりやすいトレースがあったというのに獣の足跡を追いかけてしまい尾根から外れたりと、情けないエピソードを作りながら翌1/5に新穂高温泉へと下山した。
濡れに強い保温素材と撥水性の高い生地のおかげで、ポリゴンバリアフーディはテント内の結露や雪洞の湿度を気にせず使うことが出来た。防風性と濡れへの強さから、極めて条件の悪い日の行動にも使えると感じた。