登山用品店、カモシカスポーツ 山の店・横浜店に勤める前田工さんは、ウエアの担当者として働く一方、沢登りや山スキーを積極的に楽しむ山屋でもあります。マイナーな山域やルートに興味をもち、記録の少ない沢も遡行してきた前田さんは、どんな経験や出会いを経て今の登山スタイルにはまっていったのでしょうか。これまでの経歴や、いくつもの山行で活躍してきたドライレイヤー®の有用性、山や仕事に対する今後の目標などについて話を聞きました。
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カモシカスポーツの公式インスタグラムの中に、前田さんの投稿を見ることができます。そのひとつに、新潟県で行なった沢登りの思い出を綴ったものがあり、そこに「越後 佐梨川雪山沢 右ルンゼ」という、登られた沢の名前が記されていました。
おそらく、このルート名を目にしてもピンとくる人は少ないでしょう。ただし、それは当然のこと。その理由は前田さんの投稿にも書かれており、越後の佐梨川雪山沢は遡行記録が少なく、右ルンゼに至っては登攀記録が見当たらないからです。
当時の記録は「ROCK&SNOW」(山と溪谷社)にも掲載された
前田さんは山への興味について「人が行っていない所ほどワクワクする」と嬉しそうに話します。一体、どんな経験や出会いが前田さんの個性的な嗜好を形作ってきたのか。素朴な疑問を紐解くために、まずはこれまでの経歴から話を伺いました。
――前田さんが本格的に山に登り始めたのはいつからですか?
進学した信州大学でワンダーフォーゲル部に入ってからです。でも、入部した理由は山に登るためではなく、どちらかというと自然が好きで、当時は自然に関われるアクティビティをやりたいと思っていました。
――ワンダーフォーゲル部時代はどんな活動を行なっていたのでしょう?
ワンダーフォーゲル部は長期縦走が目的のサークルだったので、夏になると南アルプスの仙丈ヶ岳から光岳まで歩くとか、北アルプス北部の親不知から登り始めて、野口五郎岳、薬師岳を経由して、剱岳に登り、大日岳から下山するとか。とにかく長期で山に入る活動をずっとやっていました。
その当時、ある意味印象的だったのが、南アルプスの黒戸尾根から甲斐駒ヶ岳に登って、一度、北沢峠に下りてから仙丈ヶ岳に登り返し、最後は地蔵尾根から下山した山行です。黒戸尾根に比べて一見地味ですが、当時踏み跡の少なかった地蔵尾根が自分にはすごく面白く感じたんです。それで、あまり人の歩かれていないマイナーなところが好きなのかも、という自分の嗜好に気づいた感覚があります。
現在の前田さんの愛読書。今では貴重なマイナールートの記録が纏められている
――その経験から徐々に計画する山行の内容が変わっていった?
いや、当時は大学2年生で、それから卒業するまでは変わらずに長期縦走をめざして山に登っていました。
――では、マイナーなルートに向かい出したのは大学を卒業してから?
それも違って、卒業してから10年弱はひとりで細々と山に登っていました。そのころに割とよく歩かれている破線ルートを計画することもあったのですが、今ほど頻繁には登っていなかったです。
山への向き合い方が大きく変わったのは、のちに結婚するパートナーができてから。彼女が元々スキーを滑れたので、シーズン中は毎週、山スキーに行くようになりました。
山スキーは決まった道がなく、地図を読みながら自分でルートを決める自由度の高い登山スタイルです。その自由さ、奥深さにはまってしまったので、積雪期の山スキーだけではなく無雪期にも何かしたいねという話になって、始めたのが沢登りです。それで、沢登りと山スキーがメインの山岳会に奥さんといっしょに入会し、本格的にバリエーションと呼ばれる登山を開始しました。あまり知られていない山域やルートに向かい出したのはこのころからですね。
――入会した山岳会ではどんなところに行きましたか?
沢登りでは谷川岳から越後三山にかけてとか、新潟県の下田川内山塊、新潟と福島の県境付近にある御神楽岳の周辺にもよく行きました。最初は名前を聞いてもどこにある山か分からなかったくらいですが、あの辺りの山域が好きになったのは、完全に山岳会の影響です。
どこも冬になると雪に閉ざされる山域なので、大量の積雪による景観が見事で、雪によって斜面が磨かれることで岩肌が露出したスラブと呼ばれる地形が形成されたり、沢筋が深く削られてゴルジュと呼ばれる深い谷が作られたりします。
僕はこのスラブを登るのがすごく好きで、いわゆるフリークライミングで登るような岩場と違って、概ね手足を使って歩く程度の難易度なのですが、傾斜が強く高度感もあるので登りがいがありますし、白い一枚岩が続く開けた景色は美しく、いつも簡単に登ってしまうのがもったいない気持ちになります。
山岳会時代には北アルプスの沢も遡行。写真は双六谷から赤木沢を継続遡行したときのもの
――今はカモシカスポーツのスタッフ同士で山に行くことが多いですね。
以前勤めていた仕事の関係で、山岳会は2年半くらいで辞めてしまって、それからしばらくは単独で沢登りや山スキーをしていました。行きたい山がマイナーなので人を誘いづらかったからです。今では自分の嗜好を理解してくれる人が増えてきて、お店の人とパートナーを組むことが多くなりました。
カモシカスポーツに入社して感じたことは、その人の全力を振り絞って目標としている山に向き合っている人がとても多いということ。本気の山登りを一緒にできる仲間がいるというのがすごく良かったです。
――スタッフの方々とは最初から気の合う仲間同士だったのでしょうか?
僕は、夏は沢登り、冬は山スキーが遊びの中心になるのですが、スタッフの中にはフリークライミングやアルパインクライミング、アイスクライミングが好きな人もいます。
ただ、やっていることが違っても、お互いに好きなことを話していると相手の遊びに興味が湧いてきて、いっしょに山に行くようになるんです。結果、僕は遊びの範囲が広がったし、自分が好きな沢登りをすごく面白いと思ってくれて、こっちの気持ちが相手に伝わるっていう逆のパターンもありました。
お店のスタッフと遡行した大杉沢岩塔ルンゼ。新潟県の川内山塊を流れる杉川の支流にあたる
――前田さんが思う沢登りの魅力とは?
山スキーや雪山登山にも同じことが言えると思うんですけど、決まった既成のルートじゃなくて、好きなルートで、自分の考え次第でどこまでも山に入っていける、自由に楽しめるっていうのが沢登りの魅力で、それは自分が計画する山行のテーマでもあります。
さらに、沢登りは自然と親しむのにすごくいいアクティビティだとも思っています。淵を泳いだり、滝や側壁を登ったり、藪の中をルートファインディングしたり、整備されていない所を自分のもてる技術だけで通過しなければならないので、自然との密着感が強いです。
また、川魚や山菜など山の恵みをいただいたり、河原でたき火を囲みながらゴロ寝したり、一般の登山ルートでは得られないような自然との関わりをもてるのも自由でいいなと思います。
でも、日本にはせっかく自然を楽しむのに適した沢登りという文化があるのに、今は個人的な活動が多く、沢登りの良さを発信している人が少ないと感じています。今までこれだけ楽しませてもらったから、これからはその面白さを自分が伝えていく番なのかなとも思っています。
カモシカスポーツは全店舗でドライレイヤー®の品揃えが充実している
取材当日、店内にドライレイヤー®クールのディスプレイが飾られていた
――ドライレイヤー®についても話を聞かせてください。前田さんは普段の山行からドライレイヤー®を着ていますか?
気づいたときから自然と着ていて、今はドライレイヤー®がない状況を考えることができないくらい、ドライレイヤー®があることを前提にレイヤリングを考えています。
ドライレイヤー®を着始めた当初は、スキンメッシュ®(現ドライレイヤー®ベーシック)を使っていました。ただ、自分のメインアクティビティの沢登りと雪山登山には、もうちょっと暖かいほうがいいかなと思い、次にアクティブスキン®(現ドライレイヤー®ウォーム)を手に入れたんです。それも随分前に傷んでしまい、今はドライレイヤー®ウォームを一年中着ています。
――どんなところにドライレイヤー®の良さを感じますか?
ドライレイヤー®特有の耐久撥水性で濡れ戻りを防ぐ効果に加えて、特に雪山などでウエアを重ねて動いたとき、ドライレイヤー®自体は乾いているので、不快な蒸れを感じづらくなる気がしています。
それと、乾いた服を着ている状態になるので、薄い空気の層を纏っているイメージで外気の寒さを感じづらくなるし、乾いているドライレイヤー®が汗をどんどん外へ逃がしてくれます。
山の環境は変わりやすいので、ドライレイヤー®は天候が悪くなったときこそ、着ていることで体が守られる機能を実感しやすいウエアではないかと思います。
自分は沢や雪山など環境が厳しい中で登山をしているので、特に体の周りをドライレイヤー®に守ってもらっているという印象が強いです。もし沢登りをするときにドライレイヤー®を忘れてしまったら、着ないときの冷たい感覚に耐えられず、すぐ帰ってしまうかもしれません。
前田さんは普段の山行でドライレイヤー®ウォーム ロングスリーブを好んで着ている
――普段はどんなレイヤリングで山に登っているのでしょう?
沢登りでは、ドライレイヤー®ウォームにラピッドラッシュ®を合わせることが多いです。以前、泳ぎの多い沢ではフラッドラッシュ®を好んで着ていたんですが、ドライレイヤー®ウォームを着るようになってからずいぶん暖かさを感じるようになったので、ラピッドラッシュ®で済むことが多くなりました。肌の真上がつねにドライで暖かいので、シャワークライミングのような厳しい環境にも安心して突っ込める機能性の高さを感じています。
店内にはファイントラックの商品を中心とした沢登り専門のウエアコーナーも
冬になって山スキーを楽しむときは、ドライレイヤー®ウォームに厚手のベースレイヤー、アクティブインサレーションというレイヤリングです。
同じ雪山のアクティビティでも、アイスクライミングをするときは動かないことが多くなるので、保温性を重視してベースレイヤーをウール混のものに変えています。いずれにしても、ドライレイヤー®を必ず着ることを前提に考えていて、シチュエーション別にベースレイヤー、行動保温着を選んでいく感じです。
――接客時は季節に合わせて、どのシリーズのドライレイヤー®を勧めることが多いですか?
近頃の夏はとても暑いので、夏山シーズンはドライレイヤー®クール、気温が低くなる秋〜冬山シーズンは保温性の高いドライレイヤー®ウォームをお勧めすることが多いです。
ただ、暑さや寒さの感じ方は人によって異なるので、夏でも寒さが気になる人、冬でも暑がりな人などには、ドライレイヤー®ベーシックを紹介することもあります。
実際の接客では、お客さまが山に登る季節や行なうアクティビティ、体質などを考慮して、より多くの情報からお勧めの一着を提案するように心がけています。
――最後に、今後の目標について教えてください。
僕には家庭と仕事があって、土日休みの会社勤めの方々と同じように休みが限られています。なので、そのなかで何ができるか考えるのも自分のテーマで、先鋭的なクライマーのように優れた技術があるわけでもなく、休日をすべて山に費やすこともできない普通の人が、何か面白いことができないかといつも考えています。
日本の自然は、先鋭的な登山をしなくても個人にとっての未知を追及できる素晴らしいフィールドです。標高が低くても、少し奥に入るだけでとんでもなく非日常的な景観が広がっています。沢も雪山も、自分にとっての未知が多すぎて行きたい所ばかりです。これからどんなに登っても行き尽くすことはできないでしょうね(笑)
今後も、越後駒ヶ岳周辺の山域には入り続けたいと思っていますし、福島県の只見地域や新潟県の海谷山塊も愛着が湧いてきたところで、引き続き通いたいと思っています。山スキーでは、歩き重視の活動をしていて、雪稜+スキー滑降で今まで白馬岳主稜や鹿島槍ヶ岳東尾根などに行ったのですが、今後はミックスクライミング+スキーのような遊び方にも挑戦してみたいです。
雪稜+スキー滑降に挑戦した鹿島槍ヶ岳東尾根
――仕事のほうはどうでしょう?
新しい世界を広げようとしているお客様に対して、手助けになれたらいいなと思います。来店してくださったお客さまが、今までと違う山の登り方、例えば沢登りをしてみたいとかクライミングを始めてみたいとか、何か一歩を踏み出したいと思っているときに、いっしょにアクティビティの話をしたり、適したウエアや道具を選んであげたりして、私達のお手伝いで踏み出すきっかけになれたら嬉しいです。
【教えてくれた人】
前田 工(まえだ・たくみ)さん
1978年生まれ、愛知県出身。信州大学農学部に進学し、信州大学伊那ワンダーフォーゲル部に入部。卒業後は社会人山岳会「童人トマの風」に入り本格的なバリエーション登山に傾倒。2017年からカモシカスポーツで働き始め、現在はカモシカスポーツ 山の店・横浜店でウエア担当者として親身な接客を心がけている。
1994年創業。広々とした1階のスペースにウエア、バックパック、登山靴、テント、スリーピングバッグのほか、登山関連の書籍も充実。特に長大なクライミングウォールの近くに並ぶクライミングギアの品揃えは関東随一といえる。2階にはコーヒーサービスのある休憩スペースとアウトレットコーナーがある。
構成/文 吉澤英晃
肌をドライに保ち、体温を守る、メッシュのアンダーウエア「ドライレイヤー®」の中で最も保温性が高いシリーズです。かさ高ニットメッシュ構造によって着用時に空気層を保持しやすくドライレイヤー®ベーシックの約1.5倍の保温性。寒い時の登山やウォータースポーツに適しています。
優れた撥水性によって、かいた汗を瞬時に肌から離し、肌をドライにキープ。汗冷えを抑えて、体温を守ります。