2025年春、ファイントラックのレインウェア「エバーブレス®フォトン・ジャケット」、「エバーブレス®フォトン・パンツ」がリニューアルを果たしました。そのなかで、とくに注目していただきたいのが、YKK株式会社の開発に協力することで一足早く取り入れることになった新型※止水ファスナー AquaGuard® Tightened です。ここでは革新的技術により止水性を高めた AquaGuard® Tightened の開発の裏側に迫ります!
※2025年3月現在
日本海に面した富山県黒部市。ここにYKK株式会社(以下、YKK)の製品開発拠点となる黒部事業所があります。北米や南米、欧州など10箇所ほどある拠点のなかで、この黒部事業所は新しい機能を備えた製品が生まれる研究開発拠点としての役割を果たしています。ここで生まれた技術は将来、海外にあるほかの製造拠点へ技術移転を促すための場所としても機能しています。
黒部事業所の一角にあるビルの1つ。敷地内は最先端技術を生み出すための工場はもちろん、スタッフたちのための食堂や病院といった施設も整う。
敷地面積が約10万坪という、まるで大学のキャンパスのような黒部事業所ではファスナーの製造も行われ、それぞれの建物のなかではオートメーション化された製造機器がずらりと並び、カタコトといった機械音を響かせながら真鍮製のファスナースライダーが生産されています。次々とできあがってくる小さなスライダーは、そのひとつひとつが立体スキャナーで読み取られ、品質的な誤差がないか厳格なクオリティチェックが行われていきます。
写真は敷地内にある展示館のもの。工場の写真は残念ながら社外秘である。
今春、ファイントラックのレインウェア「エバーブレス®フォトン・ジャケット」、「エバーブレス®フォトン・パンツ」がリニューアルを果たしました。そのなかで、とくに注目していただきたいのが、YKKの開発に協力することで一足早く取り入れることになった新型止水ファスナー AquaGuard® Tightened です。
ファイントラックで商品企画を担当する相川創は「ファスナー単体で充分に止水して、裏側にフラップのない雨具を作りたい」という思いを抱いていたと振り返ります。
相川からの要望に応えたのが、新製品を開発するための技術者が集う黒部事業所でした。営業本部 商品開発部の新井巧さんは、新型止水ファスナーの開発について思案するなかで、冷蔵庫内の冷気を逃がさないように扉に備えられたパッキンからアイディアを導き出したと振り返ります。
「耐水圧を高めたファスナーが欲しいというリクエストを受けて正直、それは難しいだろうなと考えていました。耐水圧を高めるよりも、遮断するとか、密閉するとか、そういった方向性のほうが成功する確率が高いだろうと思ったのです。それでジュースの蓋とか、なにか生活をしているなかからヒントが得られないか探しはじめていたんです。ある夜、冷蔵庫に入っている飲み物を取りだして扉を閉めたんです。そのときに閃いたんです。『しっかりと閉まっている』って。よく見るとパッキンみたいなのがついていて、これが使えるんじゃないって。それが最初のアイディアでしたね」
ただし、冷蔵庫のパッキンは形状が複雑で、小さなファスナーで再現することは困難でした。そこで、社内各部署の専門家たちに相談をして、彼らが試行錯誤を繰り返すなかで辿り着いた答えが、左右のファスナーテープが押し合うことで圧力をかけるという仕組みでした。M字型に膨らみが生まれ、従来の止水ファスナーのような“線”ではなく、“面”で密着するという新型止水ファスナー AquaGuard®Tightened です。
左が AquaGuard®Tightened 、右が従来の止水ファスナー。
もちろん、完成までは数え切れないほどの試行錯誤が繰り返されます。スライドファスナー開発部の広永令さんは、そのなかでも困難を極めたのが、「冷蔵庫内のパッキンのように、面で密着する部分の加工方法でした」と思い出します。
「面と面でくっつけるために、テープと呼んでいる布の部分の素材をなににしたらうまくいくのか。ほかにも、曲げる長さであったり、厚みとか、硬さであったりとか、とにかくいろんなパターンを試しました。ファスナーを製造するときには熱を加えたり、色をつけたりといったさまざまな工程がありますが、はじめは曲がった状態で熱をかけていたんです。でも、そのあとの工程を施したあとでファスナーの開閉をすると、曲がった状態のままで止水性を得るための圧力がほとんどかからなくなってしまった。テープとテープが押しあわないので耐水圧がすごく落ちてしまったんですね。テープとテープが重なって、オーバーラップしたこともありました。あとは、試作の段階ではうまくいったけど、生産ラインに乗せようとすると不具合が生じてしまったり。そうして、何十回と試作品を作っていましたね」
その隣で話を聞きながら、うなずいていた商品戦略部・商品企画推進室の中村ゆか子さんは、微笑みながら「スライダーの試作も、こんな形状でどうかなって手造りするところからスタートしました」と話しはじめます。
スライダーの形状を変えることで“面”で密着する仕組みになっている。真ん中に凸部分がある左側のスライダーが AquaGuard®Tightened に採用されている。
「一番最初のサンプルは、ロウを利用したロストワックス鋳造で作ったものでした。スライダーの専門家ではない私たちが、ひとつのアイディアとして作ったものです。引き手がいまの3倍ぐらい重くてね。開閉に苦労するくらいだったんです。2回目に作ったスライダーのほうは、だいぶ軽くなった。とはいえいまのものと比べると、まだだいぶ重かったんです(笑)」
2020年に開発に着手してから約6年を経て、試作品作りを繰り返したのちに完成した AquaGuard®Tightened は、より確かな止水性を得て、ファスナー内側に必要だったフラップをなくすことができるようになりました。フラップがなくることの利点は、スライダーが生地を噛んで引っかかってしまうことも防ぐことができ、素材のゴワつき感も低減できるようになること。スライダーの引きやすさに影響する摺動性も、耐水圧とのバランスを測り、テープの太さ、折り曲げる位置、ファスナー生地の織り方のパターンなど、試作を繰り返すことで理想的に仕上げることができました。
創業時から製品品質に徹底的にこだわってきたYKK株式会社では、ファスナーの各種設備もすべて自社で内製しています。これにより、厳しい環境での活動を強いられる登山の世界でも信頼されるような高品質な製品を安定して作り続けることができ、いち早く新しい技術を取り入れた製品を生み出すことを可能としています。
こうした背景から生まれた AquaGuard®Tightened を採用した「エバーブレス®フォトン」は、悪天候下で、さらなる安心と安全を手にすることができるレインウエアに仕上がりました。ぜひ、これまでにない軽い着心地と快適さを味わってください。
(文/写真:村石太郎)
AquaGuardはYKK株式会社の登録商標です。
ストレッチ生地による動きやすさと、しなやかな着心地を備えたレインウェア。
一般的なレインウェアに比べて行動時の透湿性が長く持続するため、運動時も蒸れにくく、悪天候下での長時間の行動を快適にサポートします。
また、新型止水ファスナーを採用し、フラップを廃止。従来通りの耐水性を維持しつつ、ファスナー開閉時のフラップ噛みなどのストレスを解消した、新しいカタチのレインウェアです。